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深町純氏 急死! 

藝大の同級生であり、親友の一人であり、
「子供のためのバイオリン名曲集」のピアノパートを
作曲して下さった、深町さんが11月22日夜、
心臓病で急死されました。

大変才能豊かな、人間性の暖かい、
いわゆる作曲家にありそうな、変人の一人でした。
「こどものための。。。」の本を編集する時に、
「バイオリンランド」とはちょっと違った面での
ピアノ伴奏曲が欲しいという音友社の意向で、
深町さんへ聞いてみたら、二つ返事で
快諾でした。達者なピアニストが弾ける曲を
書かれると困るので、
「バイオリンの先生でも伴奏できるような
易しい音でお願い!」この条件には苦笑して、
「どの位が易しいのか分からないよ、でも,
なるべくシンプルに書くね」と言い、仕事は速かった。

そして、あの心地よい響きの「おじいさんの古時計」や
「バッハのメヌエット」や「アルビノー二のアダージオ」他を
作曲して下さったのです。

続刊を考えていて、この次にも、
「いいよ!曲が決まったら譜面を頂戴!
素敵な伴奏譜を書いて上げるよ」と5月の同級会の集まりで
言っていたのに。。。彼の和声感は特異な進行をしていますが
とてもシンプルで、弾きやすい伴奏です。
もうあの和声の伴奏譜は書いて貰えなくなりました。
とても、惜しい人材を日本は亡くしました。

学生時代は、ドイツ語の試験で赤点を取り、
数人がかりで、追試の準備に丸1日、
ひっつかまえて、勉強させたり、それが元で、
卒業作品は満点なのに、指導教官と喧嘩して、
あっという間に卒業間近の日に、退学届けを出してしまった!
皆で、「なんでえ??」と責めたが、本人は固い決心で出してしまったから
取り返しはつかない。だから、藝大は中退というプロフィールですが、
彼には藝大のレッテルは全く必要なく、
日本を代表するキーボード奏者になり、
ポップス界では、押しも押されぬ大物になっていった。
非凡な才能は誰しも認めるところでした。

昨年7月の同級生でやった「還暦ガラコンサート」
では彼の話術が好評でした。ハレルヤコーラスのアンコールの後、
指揮者の矢崎彦太郎氏が何度お辞儀をしても鳴り止まぬ拍手。
純が機転を利かせて「じゃーん、」と
お辞儀の和音を突然大音響で弾いた!
我々はその音に敏感に反応して、全員が直立不動、
次の属7の和音で、綺麗に揃ってお辞儀!
このタイミングが見事でした。
大笑いで会場の旧奏楽堂が客席もステージも一体となりました。
こう言う気遣いが彼にはあるのです。
そういう「とんち」がある人がだんだん居なくなり、
本当に残念です。

新婚の30歳も年下の美人若妻のふみこさんを
初めて紹介されたのは結婚する2年前くらいだったかな?
えらく美人のほっそりした、おしとやかな女性を紹介されて、
彼はもてるから、また・・・と笑っていましたが、
今回は本気らしい。「素敵じゃないの、良い人だね、」
と褒めて上げると年甲斐もなく本当に少年のような笑みを浮かべて、
「男は30歳も下でもちゃんと、付き合ってくれる人が居るんだよ。
女性はそうはいかないよなあ。。。」と得意顔でした。

それから、1年くらいして、盛大な結婚式を挙げて、るんるんな、
何処へ行くにも一緒の仲の良い夫婦だったのです。
結婚式の写真なども照れもせず、大きいのを見せてくれていました。
本当に落ち着いてくれて同級生としてはホッとしていたのに!

楽しい、思い出話ばかりが浮かびます。まだまだ早すぎる死でした。
天才の部類の人間は早く才能を使うから早死になのでしょうか?
今はもう24日に時計はなっていますが、余りのショックに寝られません。
今日午後のコンサートは、同級生二人で、追悼の気持ちを込めて
弾くことにします。 
何処かで、にやっと笑みを浮かべて聴いているような気がします。
ただただ残念です。ふみこさんの顔が可哀相でとても
見れません。 でもきっと彼は天国でもキーボードを弾いて、
回りの天使からハートマークを
いっぱい貰っているのではないかしら?
 ご冥福を祈ります。 Amen, 合掌
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by violinland | 2010-11-24 03:16 | ケイコ先生より
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